一なるものに還る


NHKで仏教番組を見ることがある。抹香臭い挿話がときどき面白い。
先日は尼僧が「自分はダメとわかる自分に仏性がある」という意味のことを言ったが、これは間違いだ。

「自分はダメだ」という自分は、「ダメだと指さされる自分」と分断されている。
自分を分裂させることによって、「ダメだ」と指摘する自分は自責を逃れる。その上澄みが架空の自分を指さして断罪する。この構造が無限に繰り返されるのが日本の大部分のうつである。

自分はダメだと言ってふんぞり返っている自分こそ撲滅の対象なのである。
じつはダメだ、と言いながら、そのように残酷に分析し断罪する自分は賢いと酔っていたりする。

そいつがいちばんダメなのである。
自虐して脳内麻薬をすするジャンキーな蜘蛛である。
うつの人の「私」はたいていこいつに喰われている。

自分の中に分裂を作り出すことはよくない。
自分の生命力を一つにするように働くべきだ。

仏教もそうだ。
自らの多様化を恥じ、単純な教えに帰一しようとしないと更新されない。
仏教の改革者はそういう人であっただろう。

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